「今までのどの作品よりも一歩越えた作品をつくってほしい」

●大田省吾(演出)
−3期生がワルシャワ演劇祭に参加した経緯を教えて下さい。
ワルシャワ演劇祭っていうのは、1年おきに開催されていて今回で3回目というまだ新しい演劇祭なんです。2回目のワルシャワ演劇祭で、スペインの大学が僕の『水の駅』という作品をやったらしくて。僕の許可なしで(笑)。それがどうやら、高い評価を受けたらしいんですよ。それで、演劇祭側は原作者である僕に興味を持って、いろいろ調べていくと、僕が大学で演劇を教えているっていうのが分かったらしくて。そういうことがあって、招待状が届いたんです。届いたのがちょうど『小町風伝』の稽古の最中で、学生には「ひょっとしたら行くことになるかもしれない」とは言っていました。『小町風伝』は学科内でも非常に評判が良かったので、この作品でいこう、ということに決まったんです。

また、僕自身がポーランドという国に強い思い入れがあって乗り気になったという部分もありますね。
初めての海外公演がポーランドでしたから。その時は1975年で、ポーランドはまだ社会主義国家だったわけなんですけれども。その後にも2回ポーランドで公演をやっています。その間にポーランドという国の歴史が大きく揺れて、歴史的な変化とも一緒に歩んできたという感じがあってね。ポーランドには僕が影響を受けた作家が何人もいます。『灰とダイヤモンド』のアンジェ=ワイダ、最近ではキシェロフスキという映像作家や、タデウシュ・カントルという劇作家。ニューヨークが昼だとしたら、ポーランドは夜というイメージがあるんですよ。その夜の中で生きるポーランド人のものの見方が、演劇にしろ映画にしろ非常に「闇が濃い」という印象があります。その闇というのは、困難な歴史の影だったり、その中で生きてきた人々の心の闇だったり…。その闇から生まれてくるものに惹かれているんだと思います。
−次に『小町風伝』の稽古内容についてお伺いします。前期には「ゆっくり歩く」という稽古を続けられたそうで、これに非常に興味を持っているんですが、どのような狙いがあったのですか?
歩くという行為は、行動の中心です。舞台上においてはなおさらそうで、自分の身体を意識せざるを得ない状況を作る。そのために、ゆっくり歩くということをします。傷ができて足が痛くなると「歩く」ということを意識するでしょう。それと同じ役目があるということです。普段は何気なくしている行為でも、ゆっくり歩いてみるとこれが難しくて、歩けないような感じになる。自分で自分の身体を意識する、批評するという作業といったらいいのかな。意識してみると、いろんなことが見えてきますから。

それから、立ち方や足の運び方がきれいになるということもあります。ごく普通の動きを続けていると、その辺りの美的な問題をすっ飛ばしてしまいますから。日常的な身体で舞台に立つと、だらしない芝居になってしまう。もう一つの身体になるってことかな。舞台というのは、日常と一段違うところに立つということですから。舞台上に立つ者としても、それが喜びになるわけです。
−授業で『小町風伝』を題材にしたのはなぜですか?
(3期生の前年の活動を見て)わりあい日常的な演劇をやっているという印象があったから、それとは逆の、少しフィクショナルな身体で演じるものをとりあげてみよう、と思っていたんです。でも最初は春秋座に能舞台を組んで、初演のコピーをやろうと考えていました。そしていざクラスの蓋をあけてみると、僕の授業をとってる学生は、ダンスをやっているような、身体を意識した学生が多かったんです。そこで当初の目論見は外れてしまって(笑)。稽古をやっていって、学生たちを見ているうちに、コピーではおもしろくないし、合わない感じがしたので、枠組みから変えてしまおう、と舞台装置から全部考え直しました。本を舞台にしてもいいじゃないか、とある写真を見ていて思いついたのもそれからです。少女が老婆を演じるといった新しい演出が加わって、構成の枠は大きく変わりましたが、中身は原作とほとんど変わっていません。それでも、これまでとは違うものができたということは(演出家として)大きいね。
−学生たちにとっては、初めて沈黙劇を体験する難しさもあったと思うのですが。
沈黙があるのは限られたところだけですけどね。とりあえず、役者には夏休みまでにセリフを全て覚えてきてもらって、10月末〜11月頃にはセリフを切った稽古を始めました。セリフを切ると言ってもパントマイムとは違ってセリフは存在しているわけで、身体で説明するという沈黙ではない。セリフを声に出していた時には見えなかったものが見えるようになるんです。確かに難しいことではあるけれども、主演の増田美佳が予想を相当越えるくらい、このやり方にほとんど違和を感ずることなく、自分のものにできたのは成果の大きな理由だと思います。

ワルシャワでの再演が決まってから、公演までにわりと期間が空いたんだよね。稽古時間がなかなかとれないことにみんなすごく心配していたみたいだけど、それが逆にいいという部分もあるんですよ。熟成される良さっていうのかな。僕は再演というものの良さを信じている演出家なんだ。セリフや動きが身体に馴染んでスムーズになるという良さがあるんです。稽古を続けていると、どうしても視野が狭くなってしまうところもあるから、期間を空けて休むことも大事だと思っているんです。
−海外公演は、これから卒制を迎える上でも大きな経験になったと思います
この学科をひらいた時から、海外公演を経験させたいという気持ちがありましたから。いつもと違う環境に身をおくことで、視野は広がる。これを一番必要だと感じていたことなので、それが実現できたということですよね。慣れない環境の公演までみんなも大変だったと思うけど、それを乗り越えて実現したという喜びを得たんじゃないかな。
少女が老婆を演じているという二重性の構造になったら、なんかすっきりした感じになったよね。風通しがよくて、今の僕にとってはこの作品が心地いいですね。老婆が枯葉に埋まった本を見つける冒頭のシーンなんて、僕のかつての本が埋まってるみたいで(笑)。(小町風伝の)初演は1977年で、もうずいぶん年月が経っているわけでしょう。かつての死んだ戯曲を掘り出していくような感じがして、それが非常に気持ちよかった。

学年によってカラーは様々だと思うのですが、太田先生から見た3期生とはどのような感じですか?
僕の授業をとった学生と接していて感じたことは…何が大事かっていうことを感じ取る"耳"がいいなと。あまり声にはしないんですけどね。聞いてないように見えるんだけど、肝心なことはしっかり掴んでいて、黙って役立てているという印象があったかな(笑)。3期生全体というのは…卒業公演を見てみないと分からないね(笑)。
卒制に向けてスタートを切った状態です。卒制で、どのような作品をみたいと思ってらっしゃいますか?
わざわざ舞台の上に立つわけだから、フィクションの楽しさと、フィクションでなければ表現できないものの豊かさを見たい。演劇にしろダンスにしろ、そういうものが発揮されたものを見たいと思っています。これまでの卒業公演をみていても、水準はずいぶん高いものでしたから、期待は大きいんですよ。ここの学生の良さっていうのは、いまの演劇のマネをしているのではなく、もっと先を見ている感じがするんですね。
企画によっては自主公演をずいぶんやっているのかもしれないけど、今までのどの作品よりも一歩越えた作品をつくってほしいですね。
大学で教えられることというのは限られています。表現する上で、様々な手法は教えられるけれども、「何を表現するのか」とか「なぜそれを表現するのか」ということは教えられないから。
実はこの「何を」や「なぜ」が重要で、卒業後にはこれらが基本の軸となってテーマを生み出していくわけです。そういう教えられない部分が実は大事なところなんだ。「何を」「何故」に意識的に取り組んでほしいと思います。